豊田商事事件という事件を皆様はご存知でしょうか?今回は1980年代に起きた豊田商事事件について詳しく解説していきます。
豊田商事事件とは
豊田商事事件とは1980年代前半に起きた詐欺事件です。豊田商事は金地金と呼ばれるいわゆる「金の延べ棒」を用い、悪徳商法を行っていたことが明るみになり、当時は社会問題となるぐらい報道されました。
豊田商事事件の被害総額は?
「金の延べ棒」で有名になった悪徳商法の豊田商事事件の被害総額はどれくらいだったのでしょう。規模があまりにも大きかったため詳しい数字はわかっていませんが、全国で数万人の被害者がいるとされており、わかっているだけで被害総額は2000億円超と言われております。
豊田商事事件の犯人は?
戦後最大ともいわれている詐欺事件「豊田商事事件」の犯人ですが、名古屋市で金地金の商品取引を行っていた「豊田商事」の代表取締役・永野一男という人物になります。
永野一男は1978年に豊田商事の屋号で行っていた金地金取引業を法人化、1981年から「純金等ファミリー契約」として販売を始めます。
豊田商事の手口
豊田商事は「純金等ファミリー契約」として金地金を販売していましたが、実際にお客の手元に金の現物が届くことはなく、代わりに証券が渡されていました。
お客側から本当に金を買ったかどうかの確認をすることができないため「現物まがい商法」または「ペーパー商法」などと呼ばれています。
また、豊田商事は主に独居老人をターゲットとして選び、電話セールスで無差別勧誘を行っていました。
そして営業所に金の延棒を置いたり、独居老人に対して細かい世話を焼き「息子だと思ってくれ」などと言って信頼させ契約させるという手法を使っていました。
豊田商事会長刺殺事件の黒幕と真相
金地金の取引を高齢者に対して持ちかけ、現物ではなく証券で渡し金を騙し取るという手法で2000億円ものお金を集めた豊田商事ですが、その悪徳商法が明るみに出ると、世間から凄まじい恨みを買いました。
そしてその恨みは豊田商事の会長・永野一男に向かい、ついには豊田商事会長刺殺事件へと発展します。
豊田商事事件の概要
1985年6月18日、豊田商事の会長・永野一男が逮捕されるという噂を聞きつけた報道陣が永野一男の住むマンションに押しかけていました。
そこに2人の被害者の上司にあたる男性が現れ、窓ガラスを割って永野一男の自宅に侵入、銃剣で全身13箇所を刺しました。
自宅外には報道陣が多く詰めかけていたものの、誰も止めることがなく、生放送でテレビ中継されるなど異様な雰囲気となっていたようです。
永野一男を刺殺した犯人たちはその後、通報により到着した警察に逮捕され、1人は懲役10年、もう1人は懲役8年の実刑が言い渡されました。
豊田商事事件の真相と黒幕
悪徳商法により巨額の資金を集めていた豊田商事の会長刺殺事件は社会に衝撃を与えることとなりました。
犯人の一人である飯田篤郎は「独居老人を狙って詐欺を働いていた豊田商事にいきどおりを感じてやった」と犯行理由を語っていますが、その後の証言で矛盾点が見つかり、「犯人に犯行を指示した人間が別にいるのではないか?」という黒幕説が浮上しました。
豊田商事は全盛期にはテレビCMを打ち、有名なスポーツ団体のスポンサーになっていたり、ある宗教法人に多額の献金をしていたりしていました。
そうした団体から口封じのために飯田篤郎に永野一男の会長の殺害を指示したのではないかと言われています。
豊田商事事件とは戦後最大の被害総額が出た詐欺事件であり、豊田商事の会長は刺殺された
豊田商事事件は詐欺事件としては戦後最大の2000億円の被害を出した事件として、社会に非常に大きなインパクトを与えた事件です。
また豊田商事の会長である永野一男は事件の被害者の関係者にマスコミの前で刺殺されるという衝撃的な結末を迎えました。
今後、豊田商事を超える被害の詐欺事件が2度と現れないことを祈ります。