アニメ業界は2010年代に突入し、一気に急成長してきています。「アニメ産業レポート2018」では2017年にアニメ産業市場規模は2兆円を突破し、8年連続で市場規模が拡大していることがわかりました。
その一方でネット上ではアニメ業界のブラックな面が取り沙汰されており、業界内部の深刻な状況が露呈してきています。今回はアニメ業界がブラック化している理由を何回かに分けて調査していきます。
アニメーターは出来高制で労働単価が安い
アニメ業界がブラック化している理由の一つとして言われているのが、作画スタッフ達の賃金が安いということです。
あるアニメスタジオでは動画1枚200円という単価に設定されていますが、動画を一枚仕上げるのに20分かかったとすると、1時間で3枚×200円で時給は600円ということになります。
この時点ですでに最低時給のラインをすでに下回っており、月5万円〜10万円稼げればいい方、ということになります。コンビニやファーストフード店などの時給のほうが圧倒的によいわけです。
しかも、新人のうちは動画を一枚20分で仕上げるのはかなり難しく、そうなるとさらに時給は200円〜400円くらいとなり、さらに給与が低くなります。
もちろん動画ではなく原画と呼ばれるメインの絵を描く仕事になればいくらかはマシになりますが、それでもせいぜい大〜中企業の大卒新人の初任給と同じくらいの月給になります。
アニメーターの労働単価が上げづらい理由
そんなに待遇が悪いなら、経営者側が頑張って単価をあげてあげればいいじゃないか?と思う人も多いかと思います。しかし、単価をあげるというのは経営者側にとってもかなりハイリスクになります。
たとえば30分アニメを作る場合、原画は300カット前後、動画は3500~4000枚くらいが作成されます。
仮に動画一枚200円、原画一カット4000円の設定とすると単純計算で、
原画 一カット4000円×300カット=120万円
動画 一枚200円×4000枚=80万円
となり合計で200万円必要となります。
1話作るのに最低で200万円の作画費がかかるわけです。もちろん作画費用以外にも彩色や動画撮影などの費用がかかりますが、単純にはこんな計算になります。
もし単価を動画一枚400円、原画一枚8000円に上げたとすると、制作費400万円となり、200万円の制作費UPになります。つまり1話分まるまる制作費が上昇します。
単価を上昇させることはそのまま全体の制作費の純粋な上昇につながります。これが労働集約型と呼ばれる産業の本質です。
しかし、制作費を倍にすればアニメのクオリティが2倍上がるとはいえず、また1話あたりの制作費によってスポンサーの投資額が変わったり、DVDの売上が変わるわけでもありません。
アニメーターが時給制に移行できない理由
では出来高制がブラック化する原因で良くないのであれば、他の業界の企業と同じように時給制や固定給での雇用に変えればいいのでは?という疑問は当然浮かびます。
たとえばこれが時給制で時給1,000円、1時間3枚動画を書く人で1日8時間書いてもらうとすると、平日5日で120枚動画が生産されます。30人雇ったとすると1週間で3600枚生産され1話分が制作できます。
動画 時給1000円×8時間(1日平均24枚)×5日間×30人=120万円
原画 時給1200円×8時間(1日平均5カット)×5日間×60人=288万円
そうすると動画は1週間で1.5倍の制作費アップ、原画の費用は約2倍に跳ね上がっています。
しかし単価を倍にするよりは制作費用を抑えることができるので、売上に対するコストパフォーマンスは一見するとこちらのほうがよさそうです。
しかしアニメ制作会社のほとんどは未だに出来高制でアニメーターに支払っております。
その理由として
- 不公平感が生まれる→単位時間あたりたくさんの枚数が書ける人に不公平感が生まれる、優秀な人ほど損をする
- 一枚ずつの絵の密度や難易度が全然違う→1枚仕上げる自体の時間がかかる=能力が低いとは言えない(一枚の絵の中に複数のキャラが登場する、キャラの服やアクセサリーが細かく動く、など時間がかかるカットや絵が存在する)
- 作業能力の低い人の技術向上のモチベーションアップにつながらない
という点が挙げられます。やはりどうしても絵を描くという作業は能力にばらつきが出ますし、一枚一枚の絵の密度もバラバラです。
コンビニのアルバイトのようにマニュアルが定められていて、誰がやっても同じように作業ができるものではありません。
したがって拘束時間を賃金計算の基礎にすることはなかなか難しい側面があります。
アニメーション産業は労働集約型産業
結局のところアニメーション制作というのはたくさんの人が長時間働かないと成立しない労働集約型産業でありながら、生産した分だけ売れるということはなく、スポンサーが支払う予算は先に決まっています。
また、「絵を大量に描く」という作業において、初心者と熟練者の能力差が極端に大きいということが問題の根底にあります。
次回は経営側の視点から検証していきたいと思います。
製作委員会方式が悪は本当か?
アニメファンやネット上での意見で、アニメ業界がブラック化する原因の一端としてよく取り上げられるのが「製作委員会方式」です。
製作委員会方式とは複数のスポンサーが作品単位で出資して、そのスポンサー費でアニメ制作会社に制作を発注するという方式です。
よくアニメのオープニング映像に「◯◯(作品名)製作委員会」と名前が入っているのを見かけると思いますが、それが製作委員会方式と呼ばれる方法で制作されたアニメということです。
なぜこの製作委員会方式が叩かれるのでしょうか?
製作委員会方式のメリット
製作委員会方式がネット上などで叩かれる理由を考察する前に、製作委員会方式のメリットとデメリットを見ていきましょう。
まずメリットのほうですが、アニメ作品というのは作って放映すれば必ず大ヒット作になって投下した予算が回収できるわけではない、というのが前提にあります。
当然アニメ作品の人気には当たり外れがあり、それも50%で当たり外れというよりは、1クール30本新作アニメがあったら、だいたい5〜6本が良作で超大ヒットが1本あればいいほうと言われています。。
全体の8割くらいの作品がトントンの収支になるか、もしくはややマイナスくらいとなるのが常なのです。
当たりくじが少ないとなれば経営側・出資側がまず第一に考えるのは「外れた時のダメージを減らしたい」ということです。
アニメは1話作るのに大体最低1,300万円くらいかかると言われています。12話構成になったとすると1億5600万円が必要ということです。
もし1社がまるまる1億5600万円の予算を投下して、ほとんど売れなかった外れの作品を引いた場合、投下した1億5600万円の予算は丸損ということになります。
もちろん出資側は企業広告費として考える部分もありますので、アニメ作品自体の売上で資金回収できなくてもよい、という考え方もなくはないのですが、それにしても1億円を超える損失というのは痛すぎます。
そこで、出資者を複数にして1社2000万円ずつくらい払ってもらう方式にすれば、失敗したときのダメージが少なくてすみます。これが製作委員会方式のメリットになります。
製作委員会方式のデメリット
次に製作委員会方式のデメリットを見ていきます。
製作委員会に名を連ねている会社はテレビ局・広告代理店・ディスク販売会社といったところが多く、そのほかに出版社やおもちゃ会社、レコード会社などが出資しているケースが目立ちます。
こうした出資側の会社はアニメ放映のCMスポンサー費、再放送の版権、DVD・ブルーレイ販売、フィギュアやおもちゃ、関連書籍などで売上を作り、投下した資金を回収しようとします。
当然そのうちの何%かはアニメ制作会社にも権利収入として行き渡るわけですが、現在はそのパーセンテージはかなり低く抑えられています。
よってアニメ制作会社のほうには制作費以外の収入というのはほとんど発生せず、当初予定された予算の中でやりくりするしかなくなります。
つまり作品がヒットしたかどうかは制作会社のほうに責任はいかない反面、ヒットしたときの臨時報酬がほとんど発生しないことになります。
この問題は前回なぜアニメ業界はブラック化するのか徹底検証してみた① で取り上げた労働単価が上がっていかないという問題とも結びついています。
製作委員会方式が悪とされるのは
こうした製作委員会方式がネット上で悪とされるのは特にデメリットのほうの「製作委員会」側が権利を独占しているというところがピックアップされることが増えたためのようです。
つまり、制作会社側が文字通り血の滲むような努力で作り上げた作品を出資者側が権利独占してしまい、実際作っている人たちにお金が回っていかないという構図が見えるわけです。
製作委員会方式は悪とは言えない理由
製作委員会方式が一般的に有名になったのは1995年の「新世紀エヴァンゲリオン」からだと言われています。それ以前にも製作委員会と同じような団体や分担出資する仕組みなどはあったようですが、エヴァンゲリオン以降の作品では製作委員会という名称を用いることが多くなったようです。
そしてこの新世紀エヴァンゲリオン以降アニメ作品の制作本数が増加していってることも見逃せない現象です。
参照:一般社団法人日本動画協会
つまり近年のアニメ市場の拡大と知名度向上に貢献してきたのは製作委員会方式もかなり影響しているのではないか?ということです。
一本当たりの販売リスクを低減しつつある程度の質が保証されたアニメを大量生産することによって、それまで主に子供向けだったアニメが、テレビドラマや映画を見ていた若年層・青年層を取り込み、大人の鑑賞に耐えうるものへと変化していったと思われます。
製作委員会方式の今後
製作委員会方式は製作リスクの低減を図りアニメの裾野を広げた一方で、制作会社の疲弊を産む構図も見えてきました。
今後は自社で一括で製作(ビジネス)から制作(クリエイティブ)まで一元的に行おうとする会社や、あるいはパートナーシップ方式と呼ばれる方法で、スポンサー企業に出資ではなく使用権を制作会社に支払う方式に移行する会社も出ていくことでしょう。
ただしいずれの方法もアニメがヒットしなかったときのリスクは高まるので、どんなにクリエイターからの評判が悪くても製作委員会方式を取る会社は今後もあると思われます。